下請法の改正と、中小企業等への影響


〜法務の現場から見える実務的対応のポイント〜

日々多くの中小企業と接する中で、いま現場で強く意識され始めている法改正の一つに「下請代金支払遅延等防止法(いわゆる下請法)」の動向があります。

こうした法制度の整備に呼応する形で、公正取引委員会による下請法違反に対する取締・監視の動きも年々強まっています

特に注目すべきは、違反が認定され、企業名と共に公表される「勧告件数」の増加です。
公取委が公表している統計(https://www.jftc.go.jp/houdou/pressrelease/2025/may/250512.html?utm_source=chatgpt.com)によれば、

  • 令和2年度(2020年度)には4件だった勧告が、
  • 令和5年度(2023年度)には13件に増加、
  • そして最新の令和6年度(2024年度)には21件と、過去最多を記録しています。

この流れは単なる偶発的な増加ではなく、価格転嫁拒否や一方的な契約変更といった慣行に対して、より厳格な姿勢を取っていく方針の表れだといえるでしょう。

また、違反に至らないまでも「違反のおそれがある」とされた指導件数は毎年8,000件超にのぼっており、企業規模を問わず、多くの取引が監視の対象となっていることが分かります。

最近公表された事案では、自動車部品大手のシマノが金型を下請け企業に長期間無償で保管させて、年2回、金型等が適切に保管されているかの確認も要求していたことが、公取委は一連の行為は下請法が禁じる「不当な経済上の利益の提供要請」にあたるとして、再発防止や業務改善を勧告し、公表されています(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUF172XX0X10C25A9000000/)。

発注に際しての業務の委託でなく、保管行為の要望について下請法上のケアが漏れていたものと推察されます。

下請法の改正

このように、これまで「下請代金支払遅延等防止法(下請法)」という通称で知られてきた制度は、令和7年5月16日に成立した改正法(令和7年法律第41号)により、令和8年1月1日から新たに「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律(通称:取適法、略称 “取適法”)」として施行されます。

主な改正ポイントとしては、

  • 協議を適切に行わない代金額の決定の禁止
    中小 受託事業者から価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、委託事業者 が必要な説明を行わなかったりするなど、一方的に代金を決定して、中小受託事業者の利益を 不当に害する行為を禁止する規定を新設
  • 手形払等の禁止
    支払手段と して、手形払を認めないこととする。

  • 運送委託の対象取引への追加
    発荷主が運送事業者に対して物品の運送を委託する取引を、本法の対象となる新たな類型とし て追加し、機動的に対応できるようにする。

  • 従業員基準の追加
    適用基準として従業員数の基準を新たに追加する。
    具体的な基準については、本法の趣旨や運用実績、取引の実態、事業者にとっての分かりやす さ、既存法令との関連性等の観点から、従業員数300人(製造委託等)又は100人(役務提供 委託等)を基準とする。

  • 面的執行の強化
    事業所管省庁の主務大臣に指導・助言権限を付与する。
    中小受託事業者が申告しやすい環境を確保すべく、「報復措置の禁止」の申告先として、現行 の公正取引委員会及び中小企業庁長官に加え、事業所管省庁の主務大臣を追加する。

  • 「下請」等の用語の見直し
    用語について、「親事業者」を「委託事業者」 、「下請事業者」を「中小受託事業者 」 、 「下請代金」を「製造委託等代金」等に改正する。

等です。

下請法は“両刃の剣”――親・下請の双方に問われる対応力

下請法、そして令和8年から施行される新制度「取適法」は、中小企業の取引上の地位の保護を目的として設けられた制度です。

とりわけ、資本力・交渉力に劣る中小事業者(受託者)の側にとっては、価格の不当な据え置き、代金の遅延、不利益な返品・減額要求といった行為から自らを守る「防波堤」として、大きな意味を持つものです。

一方で、この制度の適用は親事業者側にとっては、相応の法的・実務的負担をもたらすこともまた事実です。

例えば:

  • 契約前の価格協議の実施とその記録の保存義務
  • 支払方法の厳格化(手形禁止など)への対応
  • 遅延利息の発生リスク、文書交付義務
  • 適用対象とされた場合の、法的制裁リスク(勧告・公表など)

これにより、これまで比較的柔軟に進められていた取引条件の調整が難しくなるケースもあり、契約交渉や継続的取引の見直しが進む懸念もあります

そのため、実務の現場では、「法の趣旨は理解しつつも、制度負担の増加によって親事業者側が継続的取引を敬遠するリスク」が指摘されています。すなわち、下請法は“下請けの保護法”であると同時に、“親事業者の規律法”でもあるのです。

このように、下請法・取適法は、取引当事者双方にとって「無関係ではいられない法制度」**となっており、法的知識と事前の戦略的準備が必要です。


弁護士等の専門家と連携を――「過度な負担を避けた現実的な対応」へ

制度対応が求められる今、重要なのは「法に基づく正確な適用判断」と「実務に適した対応設計」です。

  • 自社が下請法の“適用対象”に該当するか?
  • 該当する場合、どのような対応が最低限必要か?
  • リスクを最小限に抑えつつ、取引先との信頼関係を維持するには?
  • 制度負担を過度に背負いすぎず、継続的な取引を成立させるには?

こうした問いに対し、弁護士などの専門家と相談しながら「無理のない制度対応」を検討することが、現場にとって極めて現実的な選択肢となります。

特に令和8年の改正法では、運送取引や協議義務、手形の扱いなど、これまで想定されていなかった業種・慣習にまで制度が及ぶことから、“知らずに違反していた”というリスクが顕在化しています。

親事業者としては、制度対応に追われて信頼関係を壊してしまうのではなく、「法令遵守を前提とした、安定的なサプライチェーン構築」を目指す必要があります。
一方、下請事業者としても、「法を盾に過度な要求をする」のではなく、制度の活用を通じて取引の公正性を高め、長期的な取引関係を築く道を模索することが重要です。


結びに代えて

下請法は、取引の「弱い立場」を保護するための制度ですが、その運用においては“相手に過度な負担を課さず、互いにとって納得感のある取引を形にする”というバランス感覚が欠かせません。

そのためにも、制度の趣旨・適用範囲・具体的な義務とリスクを正確に把握し、事前に弁護士などの専門家と連携しながら、無理のない制度対応を設計することが、これからの中小企業経営にとって必要不可欠なアプローチとなるでしょう。

取引先との信頼を守りながら、制度リスクにも備える。――それが、「これからの下請法対応」における賢いスタンスです。

弁護士 向 洋輝


PAGE TOP